カテゴリ:読書( 7 )

小説家と元外交官「聖書を語る」

なんでこんな時間に書いてるのかというと、
ボケはじめたママンに起こされてしまったんですよ。
朝方に大声で呼ぶので何かと思ったら「呼んでも返事しないから死んじゃったかと思って」って……
そりゃ、普段から5時起きで家事やってあなたを病院に送り迎えしてりゃ
2時には死んだように寝てるよ! まったくもう。



で、こんな本を読みました。

これ、ネットじゃなく銀座の教文館で購入しました。
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが3階以上の階はキリスト教関連の書籍やグッズを扱う書店です。
他の書店とはちょと違って、いつでもキリスト教についての本が手に入るので
機会があればちょこちょこのぞいているのです。
行った日は「はじめてのキリスト教神学」フェアだったw
「はじめての神学シリーズ~アウグスティヌス~」「ルター」「キング牧師」などが
平積みになっているではありませんか。普通はないですよ。そんな特集。
いつ行っても面白い本屋さんです。

先日の日記にもちょっと書いたんですけど、元外交官の佐藤優と作家の中村うさぎが
文藝春秋で対談したものを纏めた本です。
佐藤氏はカルヴァン派の教育を受けていて、中村氏はピューリタン派な教育を女子高で受けている。
それぞれのキリスト教体験がある立場からみた現在の日本
ひいては世界の状況、人心の動向について話し合っている、といったところ。

中村氏はエヴァンゲリオンが好きだそうで、その話がずいぶん出てきます。
佐藤氏も中村氏がそれほど言うなら、と一通り視聴したようで
「聖書を語る」なんてとっつきにくいと思われる方にも
読みやすいかも知れません。
エヴァンゲリオン、私はあんまり好きじゃないんですけどね^^;;
宗教~?胡散臭い~と敬遠しがちな方でもとっかかりやすいと思います。

池上彰氏じゃないですけど、宗教を抜きに世界情勢は考えられないですよね。
だいたい日本は無宗教じゃないですし。
極めて宗教的と言ってもいいくらいじゃないですか?
「空気を読め」「可愛いは正義」なんか、かなりの勢力を持ってます。
実際には不文律ですが、これ明文化したらかなりの無茶振り宗教ですよお!(笑)

「敢えて空気を読まない者は「場」の神を蔑ろにした罪によって
3日間沈黙の行を行わなくてはならない」

「容姿が優れているのは神々に愛されている証拠である。
容姿の悪い者は人の2倍3倍の努力をして当然である」

なーんてね(笑)

私は必ずしも団体になっていたり宗教法人になっていなければ
宗教と呼ばない、とは思いません。
信じていること、信じてしまっていること、その世界観、が宗教だと思うから。

ところで、キリスト教徒のみなさん(神父さんや牧師さん含む)が
「人間は基本的に悪」「最初から欠陥品」
のようなことを言うのは何故なんでしょうね?
神様が創ったのなら、そんなことないはずだ!! と
どうして主張しないのかな?

まあね、実際どーしょもない部分が多いから
リアリズムでそう言ってるのかもしれないけど……

なんか釈然としない。

でもね~全てを神様が創ったものとして信仰しているんなら
そこまでの文句言うって、失礼じゃないのかな。
神様は「いっつぐっど」こりゃー良くできた!と仰ったんでしょ?
じゃあなんで被造物たる人間が「欠けている」だの
「基本的に悪」だの言えるのか。
常々、そこが疑問なんですよね……
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by toko_hamura | 2012-01-31 20:05 | 読書

古典西洋占星術



パラパラッと中身を読んでみたところ、占いに使う星は太陽から土星までの7つ
そして、影響しあう角度は0度(コンジャンクション)のみを採用、というシンプルなもの。
現代占星術で様々な角度や、計算上の地点、あらゆる角度などを覚えた身としては
いささか拍子抜け?といくらいシンプルです。




でも、占星術が天動説の感覚であるかぎりこのくらい思い切って、見える星の見える角度
(地上からは30度でも片方の星が離れていれば見えないことは往々にしてありますね)
のみで占ってゆくのもアリじゃないかな……と思いました。
これだったら、生年月日や出生時間が分からなくても、
質問の発された瞬間の場所と時間のデータでホロスコープを作って
読むという方法ができるのかな。

うーむ。この本欲しいな
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by toko_hamura | 2012-01-30 19:50 | 読書

白夜行

東野圭吾の『白夜行』を読了しました。

私の子供時代でもある昭和の空気を強く感じる。
当時のミスター・ジャイアンツの不調を野球には興味がなかったのに
覚えているし、ピンクレディーのヒット曲が流れる街は
まさに私の育った街だ。(東京ではあるけれども)
品のいい裕福な家庭のことなど何も知らず、自分たちの境遇しか
自分たちの生活のことしか知らなかった。
子供時代は、無邪気で楽しいばかりではない。
私も何の心配もなく笑って過ごすこともあれば、
したたるような悪意に出会って戦慄したこともある。
そんなリアリティが、この小説にはある。

ここからはネタバレになりますので、これから読む方は読了されてからどうぞ〜。

それにしても、このヒロインは凄い。
反則上等で次々と男女に関わらずあの手この手で籠絡してゆく。
これと狙いをつけた相手に大きな精神的な傷を作るように仕向け
そこへつけ込むという形なのだが、彼女は自分が常に有利であるために
そんなことを繰り返している。しかし、上品で健気な雰囲気と美貌を武器に
全く疑いを抱かせないという超テクニックを持っているのだ。
必要とあらば、親友をヤクザに襲わせて全裸写真を撮るなどということも
ためらい無くやっている。しかも、サークルの先輩に疑いが
向けられるように仕向けるのも忘れない。徹底している。
恐ろしい、とんでもない女だと思うとともに
またものすごく哀しい気持ちにもなるのだ。
全ては子供の頃に原因がある。あまりにも不利でありすぎた。
貧しい家庭、教育がなく何の才覚もない母親。
美貌さえ味方や武器になることは無く、かえって『獲物』になる要因だった。
負けるのはこれきりだ、常に勝っていたい、むさぼられる側でなどいるものか。
もしも同じ立場なら、私はそう思っただろう。
なんということだろうか。本文中にはヒロインの心理描写はほとんど無いのに
すっかりつり込まれて感情移入してしまっていた。
プレイヤー・キャラクターのセリフのないゲームのように
心理描写がないことがかえって自由な感情移入を可能にしているのだろうか。

ユニークなところが他にもある。ヒロイン雪穂の本質を油断のならない
とんでもない女だと気づき、独自に私立探偵とともに真実に迫ろうとする
篠塚一成は、本書中、安心してみていられる唯一の人物だ。
ヤクザに襲われた江利子(雪穂の親友)の元カレである。
一成はいわゆる御曹司で、美貌の雪穂よりもユニークな反応をする江利子に
好意を持ち、洋服を買ってやったり美容院に連れて行ったりと
まるで少女漫画の生徒会長のようである(笑)社交ダンス部の部長なのだが。
そんな彼が一番、真実に近いところにやってくるとは驚きだ。
男性作家がそういうキャラクターに、賢く目端のきく好男子という
役を振るのは珍しいと思うのだが、どうだろう?

あまりに面白いので朝の5時まで読んでしまった。
久々に夢中になった。

好青年の一成くんがあれからどうなったのか気になる。
女神を袖にするギルガメッシュか、サタンよ去れ!と言ったキリストか
雪穂の魔力を一度はしりぞけた男、一成(笑)
他の作品中でもいいから、彼の消息を知りたいものだ。
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by toko_hamura | 2006-02-18 03:41 | 読書

ゲド戦記1 影とのたたかい

読もう読もうと思っていながら、なかなか手を
つけられなかったゲド戦記。
ついにアマゾンで購入しました。
そして1巻目を読み終わりました。
……素晴らしい。素晴らしすぎて、声も出ません。

まるで地球温暖化で陸地が沈んだかのような
多島海の世界、アース・シー。
魔法使いはあらゆるものの『まことの名』を知り、
それによって様々の不思議、例えば船を走らせる
魔法の風を吹かせたり、竜と会話することさえできる。
ゴントの島で貧しい鍛冶職人の家に産まれたハイタカは、
まだその『まことの名』も持っていなかった。
アース・シーの世界では成人する時に呼び名とは別の
『まことの名』をつけてもらう習わしがある。
親しく、信頼できる相手にしか明かさない本当の名前だ。
ハイタカは成人にあたって師と出会い、ゲドの名を得る。
そして師の勧めで魔法学院に入学し、ある確執から
名前の分からない『影』につきまとわれることになる。

昔、『真名信仰』というものがあったそうですが
それをアレンジして物語の芯に使っているんですね。
それと連動して『言霊信仰』も生かしています。
勿論、作者は米国の人なので西洋式に
『言葉によらないものはない』
と聖書を思わせる形になっています。
それに何と示唆に富んだ魔法使いの言葉の数々…!
実に、奥の深さを感じさせます。

只今、2巻『壊れた腕輪』を読み込み中(笑)
近く感想文を書きます。
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by toko_hamura | 2005-12-27 01:42 | 読書

エクソシストとの対話

『エクソシストとの対話』島村菜津 著
Dialoghi con gli Esorcisti
英訳しますと、Interview with Exorcistsでしょうか。
(21世紀国際ノンフィクション大賞優秀作)
近年まで存命だったカリスマ的な信頼を寄せられていた
カトリックの正式なエクソシスト、カンディド神父の
人となりを通して、現代におけるエクソシストとは
どういうものか、また悪魔憑きとは? と
追いかけてゆく、真面目かつチャレンジ精神あふれる本です。

エクソシストと聞くと、例の映画を思い出しますね。
なんと、本書の主役カンディド神父は
映画『エクソシスト』を観て、感想を聞かせて欲しいと
映画会社から要請されており、リーガンの首が360度回る
ところ以外はおおむねOKだ、とおっしゃったそうです。

その他、最も重要な儀式に使っている祈祷文の書いてある
「ローマ典礼儀式書」についても書かれています。
1956年版のものと、それ以前の典礼書では
エクソシズムについての章が大分変わっているんですね。
古いものだと、大天使ミカエルへの祈りなどがあるんですが
新しいものには憑いている悪魔に対する呼びかけのほうが
多くなり、更にはエクソシストへの注意や教科書的な
記述が増えているのです。具体的には
________________________________
悪魔に苛まれる人を癒す司祭は、特別に教区の司教から
許可を得ていること。
そして信仰心と思慮深さ、人生全般に
わたる潔白さを持っていること。
己の力ではなく神の力を信じ、あらゆる利益への貪欲さと
無縁にして、ただ慈愛と謙遜に基づく宗教的使命のもとに
これを行うこと。
また、成熟した年齢に達しており、その聖務によってだけ
ではなく、品行の良さによって尊敬に価するような人物であること。
________________________________
というようなリクルート条件にはじまって
(しかし、必要条件とはいえ無茶というか
 有能な人が上層部にこき使われている図式というか…)
『まず第一に、簡単に悪魔が憑依しているのだと
 信じこんではならない』
等々、様々な注意事項が書かれています。
司祭の仕事の実際面が分かって興味深いです。
これ以上書いてしまうと、読もうという方が
面白くなくなってしまいますから、このへんで。

吸血鬼に対談を申し込むのは現実には不可能ですが、
現役の公式エクソシストについて取材するのも
かなり大変なようです。
コネ社会のイタリアで、アポなし突撃取材も決行。
それでも、その中からコネクションを作り
コツコツと取材をする姿勢には、門外漢の私も
頭が下がる思いがします。

エクソシストについて興味のある方も
司祭というものに関心のある(私か)方も
読んで損はない本だと思います。
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by toko_hamura | 2005-12-26 02:48 | 読書

彼女たちは何故にキリストの花嫁と呼ばれるのか

マーガレット・スターバード著『マグダラのマリアと聖杯』を読んだ。
皆さんもご存知の『ダ・ヴィンチ・コード』のタネ本といわれている
著作の一つです。
主旨としては、ナザレのイエスは実は結婚しており
その妻はマグダラのマリアである。
根拠は、当時のユダヤ教では妻帯していないことは成人男子に
あるまじき怠慢であり、もしも30歳前後だったナザレのイエスが
妻帯していなかったら、聖書の記事に書かれていたはずだ、
というもの。パリサイ人にもそのことで非難されていていいはず
なのに、それが一つもそれらしき記述が見当たらないことだ。
そして十字架刑になったイエスの妻の名前がわかれば、
必ずローマに狙われるのでマリアはアリマタヤのヨセフと共に
エジプトのアレキサンドリアに逃げ、そこからガリアに(南フランス)
に渡った。南仏では黒いマリア像が多数あり、『サラ・カリ』という
祭りが残っている。それはマグダラのマリアが生んだ娘サラ
のことであり、『カリ』というのはアラビア語で黒いという意味があり
サラというのはヘブライ語で女王、王女を意味する。
つまり、キリストの血を受けた聖杯とはマグダラのマリア自身、
イエスの血を引いた子供を宿した子宮…と、こういった本です。

大変、面白かった訳なのですが、そこで新たな疑問が!
この本には『花嫁』という言葉が何度も出てきます。
もちろん、天上の王(花婿)と聖婚(ヒエロスガモス)
をする大地の女神のことです。
私はこの花嫁という言葉にちょっと引っかかるものを
感じました。引っかかると言っても、納得がいかないという
意味ではなく、他にもどこか花嫁を連呼する場所があったぞ
と気づいたのです。そう、そこは女子修道院。

女子修道院では、修練期を終えて誓願を立てる時に
花嫁衣装を着るのです。
ご丁寧に左手の薬指に指輪をはめて(これは司祭も同じ)
白いパンプスを履きヴァージンロードを歩くのです。
実際に女子修道院で修道女として生活していた女性の
手記を読みました。(『狭き門を通って』カレン・アームストロング)
他にも修道者のノンフィクションを何冊か読んだのですが
何か判で押したような生活をしています。
(男子修道院の方の生活はよくわかりません。
 一日のスケジュール等はわかるのですが、それについての
 感想や信仰上の葛藤、苦悩などは不明。書く人があまり
 いないのか、本がないんですよ)
今現在はどうなのか分かりませんが、一昔前はそうだった
ようです。
で、竹下節子氏の本に聖女と呼ばれた修道女を扱った
ものがあって読んだのですが、実際に『自分の元にキリストが現れた』
と言う人がけっこういた、ということなんですね。
しかし、なぜそんな事を言うのか、私にはとても疑問でした。
修道女がキリストと結婚しているのと同じ、という表現が
ままあるのは知っていました。
でも、幻を見て恍惚となるほどの人が出るには、動機として
ちょっと弱いんじゃないか? と思っていたのです。
いくら画一的な閉じこもった生活をしているからといって
キリストとエロティックな関係になるという幻を見る人が
続出するのはおかしいのでは? それこそ、判で押したように。
幻を見るならコレ!みたいな感じなんですよね。

そこで、浅学な頭でドラマチックなことを考えてみました。
あくまでも仮説というか思いつきなのですが、

中世の修道女は貴族の娘が多かった。
中には南仏の貴族の娘もいたハズ。
南仏では異端カタリ派などが隆盛を誇っていた。
後にローマカトリックはカタリ派を弾圧、南仏貴族の娘を
他の地方の貴族と強制的に結婚させる政策を取っている。
純血の系統を主張させないためと思われる。

上記を踏まえて、もしもその結婚をどうしても
承知しない娘がいたら、どうしただろうか…?
やっぱり、尼寺へ行け!尼寺へ!! となったんじゃないだろうか。

その娘がカタリ派の教育を受けていれば、自分は『花嫁』になる
可能性がある、と思っていても不思議はないのでは?
もし、そう思っている娘が修道院に入って厳しい戒律や
自己否定プログラムに遭遇したら、どうなったでしょう。
元カタリ派なら矯正プログラムだってあるかも。
このくらい理由があれば幻も見るかも知れません。

結婚を承知しない裕福な家の娘という、よくあるモチーフに
まぎれてしまっているけれど、修道院へ入れてしまえば
カタリ派の娘が子供を産む心配はなくなるじゃありませんか。
カタリ派貴族の当主は娘を北方貴族と結婚させろ、
さもなくば一族郎党もろとも皆殺しと脅されれば、どうにか
しなくちゃなりません。

かくして、女子修道院は『キリストの花嫁』になる幻想だけは
特別に許され、システム上で助長さえされた。
一回くらいは花嫁衣装も着せてやるよ、ただし式が終わったら
髪を切れ。まあ、せいぜい幻でも見ておけって感じでしょうか。
そのかわり、一生修道院から出てきてはならない。
人にものを教えてもならない。(女子修道院では司祭がいないと
ミサができません。無論、自分たちでやってはいけないからです)
体に合わないものでも無理に食べ、自己否定の中で暮らすがいい、と。
ローマカトリックはカタリ派を、完膚なきまでに叩きつぶし
『花嫁』という言葉はかつての輝きからはほど遠い
何の権利もない家事の従事者、または性奴隷と同義になり、
そしてもう一つは、ひっそりと修道女が見る幻として知られる
ようになった。

と、こんなことを考えてしまったのです。
こんな小説があったら読みます。研究書でもいいです。
誰か書いてくれないかなあ。
え、小説なら自分で書け? あ〜話が大きすぎて無理です。
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by toko_hamura | 2005-11-15 02:08 | 読書

告解の日/アラン・フォルサム

先日の日記にもちょっと書いたのですが、
アラン・フォルサムの『告解の日 上下』を読みました。
若き枢機卿秘書のダニエル神父がハリウッドのセレブ御用達の弁護士
である兄ハリーのもとへ”どうしたらいいのか分からない、怖いんだ”
と連絡してきたことからお話がはじまります。
しかし、ハリーは仕事が忙しく自宅の留守電のメッセージを聞いたのでした。
この兄弟は子供時代のある出来事をきっかけに気まずくなり
8年ほども音信不通だったのですが、その弟から連絡があったのです。
兄のハリーは留守電を聞き、ただ事では無さそうだと
何度もローマに連絡を試みますが、肝心のダニエル神父はつかまりません。
そんな不吉な胸騒ぎを感じるハリーのもとへローマからもたらされたものは
弟のダニエル神父はアッシジへ向かうバスが事故を起こし炎上、
その犠牲になった、という報告だったのです。
この後、ローマへ渡ったハリーは色々ありましてイタリアの警察と
ヴァチカン警察、マスコミ、そしてテロリストからも
逃げなくてはならなくなるという逃亡劇、サスペンスです。

どうしてこんなのが映画にならないのか不思議なくらい映画っぽいです。
キャラクターも好感が持てます。
兄のハリーは親友と弁護士事務所を設立して
がんばっているビジネスマン。弟は10代はグレていたのに
今では神父でしかも枢機卿の秘書にまでなっている。
……優秀な兄弟だなあ!
ハリーと一緒に逃げることになる修道女のエレーナも素敵です。
しかし、本当の主役はダニエルのボスのマルシアーノ枢機卿かも。
彼がダニエル神父に告解しなければ、ハリーとエレーナの
逃亡劇ははじまらなかったのです。
どんな告解だったか? それは言えません。
告解には守秘義務がありますから(笑)
興味を持たれた方は是非、ご一読を。
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by toko_hamura | 2005-06-03 15:32 | 読書